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大阪地方裁判所 昭和40年(行ウ)33号 判決

原告 片岡昭男

被告 東住吉税務署長 外一名

訴訟代理人 広木重喜 外七名

主文

被告東住吉税務署長が、昭和三九年三月二一日付で原告の昭和三七年分の所得税についてなした更正処分のうち、所得金額一、五二二、三七四円を超える部分、および過少申告加算税の賦課決定のうち、右所得金額に対応する額を超える部分は、いずれもこれを取り消す。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用中、原告と被告東住吉税務署長との間に生じたものは三分し、その一を原告の、その余を同被告の負担とし、原告と被告大阪国税局長との間に生じたものは原告の負担とする。

事  実 〈省略〉

理由

一、原告の請求原因一の事実はすべて当事者間に争いがない。

二、原告の被告署長に対する請求について

(一)  原告は、本件更正処分および過少申告加算税の賦課決定には、民主商工会の組織を破壊するという違法目的、即ち他事考慮が介在しており、また右処分に先立ち調査をしていない等手続上の公正原則が全く保証されていなかつたら、手続上違法な点があると主張する。しかしながら原告の主張事実を認定するに足りる証拠は存在しないから、原告の右主張は採用することができない。

(二)  つぎに、原告の課税所得金額について検討することとする。

原告の昭和三七年の総所得金額に関する損益計算のうち、つぎの各点は当事者間に争いがない。

売上金額 一七、一六一、三八〇円

必要経費  二、七二五、一九二円

事業専従者控除  七〇、〇〇〇円

(三)  本件においては、結局売上原価がいかほどであつたかという点に争いがあり、被告らはこれを金一二、一一九、三六七円と主張するのに対し、原告は金一三、〇二二、二七九円であると主張するのである。そして被告はその主張額を算定する根拠として、原告は昭和三七年の年初、年末の正確な棚卸在高に関する記録を保存しておらず、その実額を算定することができなかつたので、売買差益率二九・三八を求めた上、売上金額より推計算出したと主張するのに対し原告は同年の年初、年末のいずれにも正確な棚卸をしており、これと銀行支払帳によつて売上原価の実額を正確に算出することができると主張するのである。そこでこの点について、以下考察してみることとする。

〈証拠省略〉を総合すれば、つぎの事実を認めることができる。

(1)  原告は昭和三七年当時における会計に関する帳簿書類として、売上日計表、仕入帳、銀行帳、および金銭出納帳を備え付けており、これらの帳簿書類は、原告方店員神野勝が時々記帳を手伝う外は、原告自身が毎日主に夜間記帳していた。

(2)  仕入先に対する支払いは、すべて原告と取引のあつた大阪銀行および大阪厚生信用金庫の二つの金融機関を支払人とする小切手を振り出すことによつてなされていたので、原告の昭和三七年の銀行帳の中より仕入先に対する支払額を合計すると、同年の期中の支払合計額が判明し、これより同年の期首買掛残高を差し引き、期末買掛残高を加えると、同年における期中の仕入合計額がかなり正確に把握されることになる。このようた算出方法は、原告が被告署長に対し異議申立てをした後、原告方の調査を担当した係官二間瀬啓蔵が原告に教示したところでもあつた。そこで原告は被告局長に審査請求をするに際し、右のような方法で仕入先別に仕入額を算出して一覧表にした書面を審査請求書に添附したところ、協議団本部の係官が二、三の仕入先について反面調査をしたが、両者の間にほとんど差異が認められなかつた。

(3)  原告は、銀行帳として〈証拠省略〉を、銀行帳より抽出して仕入先別にまとめたものとして〈証拠省略〉を、また〈証拠省略〉と仕入帳の一部である〈証拠省略〉に基づいて仕入先別に昭和三七年の期中支払額合計、期首買掛残高、期末買掛残高および期中仕入高合計額を一覧表にまとめたものとして〈証拠省略〉を、それぞれ証拠として提出している。ところがこれらの証拠を比較検討してみると、仕入先に対する支払額のうち、〈証拠省略〉に記載されているが銀行帳〈証拠省略〉には記載のないもの、銀行帳より〈証拠省略〉に転記するに際し誤記しているもの、また〈証拠省略〉において仕入先別に支払額を合計するに際し違算が生じているものがあり、更に期首買掛高および期末買掛残高として〈証拠省略〉に記載されているが、仕入帳〈証拠省略〉には記載のないものが見受けられる。まず、仕入先に対する支払額のうち、〈証拠省略〉には記載されているが、銀行帳には記載のないものとして、仕入先アイボリーの五月四日金九、〇〇〇円、同和田万の一一月六日金一八、八〇〇円、同青木服装の九月五日金六〇、〇〇〇円、同西海シヤツの一二月一一日金五、八〇〇円、同万栄ネクタイの九月二〇日金五、六一五円、および同コロニストの一一月一五日金一〇、〇八〇円があり、転記するに際し誤記しているものとして、仕入先ヴイツク商会の八月四日金八、八〇〇円を金八、八二〇円と誤つて転記しているのが見受けられる(これを一覧表にして示せば別表(二)のとおりである。)。つぎに、銀行帳より仕入先別に抽出した支払額を合計したところ〈証拠省略〉に記載されている合計額と異なるものを列挙してみると、仕入先アイボリー金一、一七四、〇〇〇円、同和田万金一、〇八六、六三五円、同青木服装金一、〇一一、五七〇円、同三光洋品金七七七、〇一〇円、同水谷商店金二六八、九二〇円、同寿やサンワ金二一三、七七五円、同内外編物金四一、二四五円、同ヴイツク商会金一八三、六三〇円、同西海シヤツ金一八六、三五〇円、同万栄ネクタイ金六三、二九九円、および同コロニスト 〇円ということになる。更に期末買掛残高として〈証拠省略〉に記載されているか仕入帳に記載のないものとして仕入先ボニーシヤツの金三、四一〇円および同サンスタイルの金二〇、一二〇円がある。なを、期首買掛残高として〈証拠省略〉に記載されているが仕入帳に記載のないものとして、仕入先サンスタイルの金五、〇〇〇円があるが、これは原告にとつて不利益な事項であるから、たとえ仕入帳に記載がなくとも〈証拠省略〉に記載されている以上、実際に右買掛残高があつたものとして取り扱うのが妥当である。以上の諸点を考慮に入れて仕入先別に昭和三七年の期中支払合計額、期首買掛残高、および期末買掛残高を一覧表にして示すと、別表(三)のとおりになる。

(4)  原告は、昭和三七年一月五日頃、店員二人とともに、昭和三六年期末の棚卸(即ち昭和三七年期首の棚卸)を実施し、雑記帳その他ありあわせの紙に商品名と数量を記載し、これを整理して〈証拠省略〉にまとめ上げた。また昭和三七年期末の棚卸も昭和三八年一月六日頃行ない、この時の棚卸高を〈証拠省略〉にまとめて記載した。これによれば、期首棚卸高は合計金二、一八四、四二八円、期末棚卸高は合計金二、九五五、三二一円ということになる。原告は昭和三七年の所得税の申告を税理士に委任していたので、右棚卸表を他の資料とともに税理士に預けたところ、同税理士事務所では、原告の書類を一まとめにして簿冊として保管していた。申告後の事後調査の段階で、税務署の係官より昭和三七年期首の棚卸表を見せるように求められたが、原告は前年度の申告によつて税務署に判明しているはずだと反論してこれを拒絶した。その後異議申立てに伴う調査の際原告は係官二間瀬啓蔵に昭和三七年期首の棚卸表を示したが、商品の明細が明らかでないからという理由で、採用されなかつた。

以上の事実を認定することができる。右認定に反する〈証拠省略〉の一部は前掲各証拠と対比して信用できないし、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(四)  そうすると、右認定によつて明らかになつた昭和三七年の期中仕入先支払合計額、期首買掛残高・期末買掛残高・期首棚卸高、および期末棚卸高によつて、売上原価を算定することが可能であるから、被告らが主張するような推計による算定は許されないといわねばならない。そこで、期中仕入先支払合計額一三、三六〇、二一九円より期首買掛残高金一、一九七、七五七円を差し引き、期末買掛残高金一、四五二、二四五円を加えて、期中仕入合計額一三、六一四、七〇七円を算出した上、期首棚卸高金二、一八四、四二八円を加えて期末棚卸高金二、九五五、三二一円をし差引くと、売上原価は金一二、八四三、八一四円と算定される。

(五)  したがつて、売上金額より売上原価、必要経費、および事業専従者控除を差し引くと、原告の昭和三七年の所得金額は金一、五二二、三七四円ということになる。

ところで、原告は、本件訴えにおいて、被告署長に対し、「被告署長が昭和三九年三月二一日付で原告の昭和三七年分の所得税について、その所得税額を金三三六、六二〇円としてなした更正処分、および過少申告加算税を金九、四〇〇円としてなした賦課決定は、これを取り消す」旨の請求をしているが、これは結局、被告署長が原告の同年の所得金額を金一、七九八、一五二円と認定したことに対し、申告所得金額一、三七七、一六〇円を越える部分、および右認定額に対応してなされた過少申告加算税の賦課決定が違法であつて取り消されるべきである旨の請求をしていることと、実質的には同一であるから、原告の請求を一部認容する場合に、必ずしも所得税額によつて請求の認容限度額を明示する必要はなく、所得金額をもつて認容限度額を特定しても、原告の申立てのない事項について判決したことにならないといわねばならない。

そうだとすれば、被告署長が原告の昭和三七年分の所得税についてなした更正処分は、前示所得金額一、五二二、三七四円を超える限度においてまた過少申告加算税の賦課決定は、右所得金額に対応する過少申告加算税の額を超える限度において、いずれも違法であるから取消しを免れない。

三、原告の被告局長に対する請求について

(一)  原告は、被告局長に対し本件更正処分の理由となつた事実を証する書類の閲覧を求め、かつ右処分の理由について釈明を求めたにもかかわらず、被告局長はこれに応じなかつたから、本件裁決は違法である旨主張する。しかしながら、原告の主張事実に副う原告本人尋問の結果は、〈証拠省略〉と対比してたやすく信用できないし、他に右事実を認定するに足りる証拠はない。また、本件裁決は被告局長が全く一方的に何らの審査もせずになしたものであるから違法であると主張するが、右主張事実を認定するに足りる証拠も存在しない。したがつて、原告の右各主張は、いずれも採用できない。

(二)  更に、原告は、本件審査手続においても、前記他事考慮が介在していたため、他の納税者とくらべ不当な差別扱いを受けたから、本件裁決は手続上違法であると主張する。しかしながら、原告の主張事実を認定するに足りる証拠もまた存在しないから、原告の右主張も採用できない。

(三)  したがつて本件裁決には固有の違法事由を見出すことができない。

四、結論

以上のとおりであるから、原告の被告署長に対する請求は、右に判示した限度で正当であるから認容し、その余は理由がなく失当であるから棄却し、被告局長に対する請求は、理由がなく失当であるから棄却し、訴訟費用の負担について、民事訴訟法九二条本文、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 石崎甚八 喜多村治雄 南三郎)

別表〈省略〉

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